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1978年 オリジナルパンクの衰退とポストパンクへの転換
年表で見るパンクロックの歴史/1978年
| 1978年 | できごと |
| 1月 | セックス・ピストルズからジョニー・ロットンが脱退。 |
| セックス・ピストルズは初のアメリカ・ツアーをスタートさせるが、1月14日、サンフランシスコ・ウォーターランドでの公演後、ジョニー・ロットンが脱退。事実上の解散と言えるが、バンド自体はしばらく活動を存続させていた。 | |
| 2月 | XTCがデビュー・アルバム『ホワイト・ミュージック』を発表。 |
| 後に「80年代のビートルズ」と称されるようになる。 | |
| 2月 | シャム69がデビュー・アルバム『テル・アス・ザ・トゥールス』を発表。 |
| パンクスとスキンヘッズの両方から支持され、後のOiパンクの源流となる。 | |
| 4月 | ダムド解散。 |
| ラット・スケイビーズ(Dr)が脱退、2月にはブライアン・ジェームズ(G)が脱退を表明し、4月のライヴを最後に解散。 同年9月に、アルギー・ワード(B)が加わり再結成。キャプテン・センシブルはベースからギタリストに転向する。 | |
| 4月 | 『ロック・アゲインスト・レイシズム』がロンドンで開催。 |
| ヴィクトリア・パークにて、人種差別反対、反ナチのロック集会『ロック・アゲインスト・レイシズム』が開催される。7万人を動員。 【出演:クラッシュ、トム・ロビンソン・バンド、X-レイ・スペックス他】 | |
| 6月 | 映画『ザ・パンク・ロック・ムービー』公開。 |
| ロンドン・パンクのドキュメント映画、監督はドン・レッツ。 【出演:セックス・ピストルズ、クラッシュ、スージー&ザ・バンシーズ他】 | |
| 7月 | ジョン・ライドンがパブリック・イメージ・リミテッド(PIL)を結成。 |
| 【メンバー:ジョン・ライドン(Vo)、ジャー・ウォブル(B)、キース・レヴィン(G/元・クラッシュ)、ジム・ウオーカー(Dr)】 同年12月にデビュー・アルバム『First Issue』を発表。 | |
| 8月 | スージー&ザ・バンシーズがデビュー・アルバム『香港庭園』を発表。 |
| パンク・シーンから生まれたバンドだが、ポスト・パンク路線のサウンド(“サイキック・サウンド”などと表現される)で聴き手を驚かせる。 | |
| 8月 | 『レディング・フェスティバル』にパンク勢が集結。 |
| 『レディング・フェスティバル』にパンク勢が集結。 イギリスの歴史あるロック・フェスにパンク勢が大集結。パンクスとスキンヘッズの暴動があり、シャム69のジミー・パーシーが泣きながら歌っていたというエピソードが有名だが、ジミーは大観衆の前で歌っていることに感動して泣いていたらしい。 【出演:ジャム、シャム69、パティ・スミス、ウルトラヴォックス他】 | |
| 8月 | テレヴィジョン解散。 |
| 4月に2ndアルバム『アドヴェンチャー』をリリースしたが、8月、ニューヨークでのライヴを最後に解散。(1992年に再結成。) | |
| 10月 | シド・ヴィシャスの恋人、ナンシー・スパンゲンが刺殺される。 |
| シドが容疑者として逮捕されるが、ヴァージンが多額の保釈金を提供し保釈される。 当時シドはナンシーとともにニューヨークのチェルシー・ホテルに滞在中で、マクシズ・カンサス・シティやCBGBなどでギグを行っていた。 | |
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年表で見るパンク・ロックの歴史