スポンサードリンク 


1977年 パンク最盛期

年表で見るパンクロックの歴史/1977年
1977年できごと
 1月

セックス・ピストルズ、EMIから契約を解除される。

後に発表された曲『拝啓EMI殿(E.M.I)』は、いわゆる意趣返し。

 2月テレヴィジョンがデビュー・アルバム『マーキー・ムーン』を発表。
ジャケット写真は、ロバート・メイプルソープによるもの。
 2月ダムドが1stアルバム『地獄に堕ちた野郎ども』を発表。
シングルに引き続き、この作品もロンドン・パンク初のアルバムとなる。
 3月

セックス・ピストルズがグレン・マトロックを解雇、後任ベーシストにシド・ヴィシャスが加入。

グレン解雇の理由は「ポール・マッカートニーが好きだから」。実際は、ジョニー・ロットンとの軋轢が理由だと言われている。シドはジョニーと学生時代からの友人で、ピストルズの熱狂的なファンでもあった。
 3月セックス・ピストルズがA&Mと契約。
バッキンガム宮殿前で公開契約を行うが、1週間ほどで契約を解除される。2枚目のシングル『ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン』は、わずかな枚数が市場に流れただけで販売中止となった。
 3月クラッシュがデビュー・シングル『白い暴動』を発表。
1976年の“ノッティング・ヒル・カーニバル暴動”に巻き込まれたことがきっかけで生まれた曲。
 4月ストラングラーズがデビュー・アルバム『夜獣の館』を発表。
原題の『Rattus Norvegicus』は、ドブネズミの学術名。フロントマンのヒュー・コーンウェルは、生物学の博士号を持っている。
 4月クラッシュが1stアルバム『白い暴動』を発表。

レゲエ曲のカバー『ポリスとコソ泥』(オリジナルはジュニア・マーヴィン)は、アルバムの収録時間が短かったために追加されたもの。1979年にアメリカ盤(再構成、シングルのオマケ付き)がリリースされている。

 4月

ダムドがニューヨークのCBGBにてライヴを行う。

イギリスのパンクバンドとしては初。
 4月ザ・ジャムがデビュー・シングル『イン・ザ・シティ』を発表。
翌月、同タイトルの1stアルバムもリリース。ポール・ウェラー(Vo,G)は当時18歳であった。
 5月クラッシュが『白い暴動』ツアーを開始。
サポートはジャム、バズコックス、スリッツ。
 5月セックス・ピストルズ、ヴァージン・レコードと契約成立、2ndシングル『ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン』を発表。
BBCでは即放送禁止となる。翌月、シングル・リリースと女王の在位25周年を記念して、テムズ川で船上パーティーを開くが、水上警察に逮捕される。
 5月テレヴィジョンがロンドンにて初ライヴ。
共演はブロンディ。
 7月エルヴィス・コステロがデビュー・アルバム『マイ・エイム・イズ・トゥルー』を発表。
ニック・ロウのプロデュースで、スティッフ・レコードよりリリース。
 10月セックス・ピストルズがアルバム『勝手にしやがれ』を発表。
このアルバムはベースが二重に録音されている。スティーブがシドの演奏を気に入らず、音を被せてしまったらしい。



  当サイトをお気に入りに登録よろしくお願いします