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1976年/ロンドンのパンクバンドが続々デビュー
年表で見るパンクロックの歴史/1976年
| 1976年 | できごと |
| 3月 | ロンドンSS解散。 |
| 各メンバーがそれぞれ別のバンドを結成する。 | |
| 4月 | クラッシュ結成。 |
| ワン・オー・ワナーズのライヴにセックス・ピストルズがサポートで出演。 ピストルズのステージに衝撃を受けたボーカルのジョー・ストラマーは、ミック・ジョーンズらの誘いを受け、彼らのバンドに参加する。「クラッシュ」の命名はポール・シムノン。 【メンバー:ジョー・ストラマー(Vo)、ミック・ジョーンズ(G)ポール・シムノン(B)、テリー・チャイムス(Dr)、キース・レヴィン(G)】 | |
| 4月 | ラモーンズがデビューアルバム『ラモーンズの激情』を発表。 |
| スリーコードのシンプルな高速ロック、誰にでもできそうなパンクのスタイルを確立した。 | |
| 5月 | パティ・スミス、ロンドンで初ライブ。 |
| ラウンドハウスにて公演。前座はストラングラーズ。 | |
| 6月 | バズコックス結成。 |
| ピート・シェリーとハワード・ディボートが、マンチェスターにセックス・ピストルズを招聘し、前座を務めるためにバズコックスを結成。これをきっかけにマンチェスターの音楽シーンが活性化する。客の中に、後のジョイ・ディヴィジョンのメンバーや、モリッシー、ZTTレコードを立ち上げたポール・モーリーなどがいたことも有名。 | |
| 7月 | ラモーンズ、ロンドンで初ライブ。 |
| ラウンドハウスにて公演、前座はストラングラーズ。ロンドンのパンク・ムーブメントに火をつける。 | |
| 8月 | インディ・レーベルの元祖、スティッフ・レコード始動。 |
| スティッフ・レコードは、ダムド、エルビス・コステロ、イアン・デューリーなどを輩出した、ロンドンの老舗インディ・レーベル。 | |
| 9月 | ロンドンの100クラブでパンク・フェスティバルが開催される。 |
| 【出演:セックス・ピストルズ、クラッシュ、ダムド、サブウェイ・セクト、スージー&バンシーズ、バズコックス他】 バンシーズのドラムはシド・ヴィシャス。 2日目の夜にシドが起こした事件(*)が元で、100クラブをはじめロンドン各地のクラブでパンクのギグが禁止される。 (*シドが投げたグラスの破片が少女の目に刺さって失明してしまい、シドは逮捕されて少年院に送られた。) | |
| 10月 | ダムドがデビュー・シングル『ニュー・ローズ』を発表。 |
| ロンドン・パンク初のレコードとなる。スティッフ・レコードからのリリースで、B面はビートルズの『ヘルプ!』のカバー。 | |
| 11月 | ジェネレーションX結成。 |
| 【メンバー:ビリー・アイドル(Vo)、トニー・ジェームス(B)、ボブ・アンドリュース(G)、マーク・ラフ(Dr)】 | |
| 11月 | セックス・ピストルズがデビュー・シングル『アナーキー・イン・ザ・U.K.』を発表。 |
| EMIからのリリース。数回のオンエアで放送禁止となり、レコードの回収騒ぎも起きた。 | |
| 12月 | セックス・ピストルズ、生放送のTV番組で4文字言葉を連発。(ビル・グランティ事件) |
| ビル・グランティのトークショーに出演したピストルズ、f--kを連発し抗議が殺到。同月からスタートした『アナーキー・ツアー』で回る予定だった会場からのキャンセルが相次ぐ。 | |
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年表で見るパンク・ロックの歴史